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3月3日 雨のち曇り
朝パリ着。朝食を駅で買い、TGVでレンヌへ。モンサンミッシェル行きのバスに乗ろうと思ってチケット売り場に行くが、なんとバスは既に行ってしまったとの事。時刻表より一時間早まっていたようだ。次のバスが4時間後とかで途方にくれ策を練る。

近くまで鈍行で行き、タクシーか、直接タクシーか。とりあえず相場を聞きにタクシー乗り場へ行き、英語が話せる人に聞くと行けることが判明。乗ろうと思ったら、その人は前に居た英語が分からないお爺さんの方へ。どうやら通訳してそちらに乗ることに(先に並んでいる方が客を乗っける決まりでもあるのかどうかは分からない)。筆談で確認を取りつつ、モンサンミッシェル付近のホテルへ。最初予算100EUROで交渉したところ、実際の値段は90EUROだった。しかも、お爺さんがどうやらおまけしてくれて80EUROにしてくれた模様。英語は喋れないけど良い人だった!

ホテルはこの旅で一番豪華ともいえる内容で、満足。荷物を部屋に置き、モンサンミッシェルまで歩く。綺麗で、不思議で、面白い眺めだ。モンサンミッシェル内を観光し、カフェでクレープを食す。美味。そしてホテルまで再び歩いて戻り、夕飯。ホテル向かいのレストランだったが、フランス語が全く分からず大変だった…が、美味しかった。食後は、散歩で、夜景のモンサンミッシェルを写真に収めようと再び歩く。最初は10分位のつもりだったが、余りにも夜景が綺麗で、それを上手く写真に収めたくて、30分くらい歩いていた。空にも星が沢山見えた。かなりモンサンミッシェルに近付いた後、ホテルに戻り、就寝。この旅で初めて湯船に浸かり、癒やされた。
by rucie4 | 2006-03-31 21:51 | 欧州旅行記
3月2日 晴れ
朝早くから移動。ホテルをチェックアウトし、ヴェネツィア駅からミラノ駅を目指す。

ミラノは完全な近代都市だった。駅付近のマックで昼食。そして地下鉄でドゥオモに行こうと地下鉄の駅へ行った所、女性の物乞い(イタリアは本当に女性の物乞いが多い)に絡まれる。元々、券売機の横に立っていたので恐らく観光客から金貰って券買ってチップをせびろうというものだろう。我々は一日券か一回券かで悩んでいたところ絡んできたので、考えているから待ってろといって「地球の歩き方」を読んでいると、其処にひまわりの種?らしき種をばら撒いて邪魔してきた。結局一日券なので、人の居る窓口で買ったのだが、左右には物乞い(絡んでこないが)。裕福で近代的な街ほど、物乞いは多い。

ドゥオモはさすがに凄かった。中も外も。ただ、上ってみたが眺めは最悪。ただの街だった。日本でも似たような景色は何処でも拝める。降りた後次の目的である「最後の晩餐」を見る為に地下鉄で移動。予約時間まで時間があるのでカフェに入る。時間を潰した後、いざ最後の晩餐へ。二重のやたらと近代的な扉に隔離され、厳密に保護されている壁画は、吸い込まれるほど大きく魅力的だった。

最後の晩餐を眺めた後、近くのダヴィンチ科学博物館へ。ダヴィンチ関連の発明だけでなく、他にも色々な学校遠足向け内容満載(実際遠足のような学生が多数)の場所だった。そして、ドゥオモ付近まで地下鉄で戻り、私用のお土産をGUCCIで購入。その後おやつとして地元ミラノっ子に人気と噂のパン?屋「Luini」でパンツェロッティを食す。とっても美味。揚げパンに具が沢山入ってる感じ。小腹が膨れたところで更に夕飯処を探して歩き回る。たむろしていた警察官に聞いて、近くのレストランに入る。それなりに美味。そして駅へ戻り、パリ行き夜行列車に乗り込む。
by rucie4 | 2006-03-29 21:47 | 欧州旅行記
3月1日 晴れ時々曇り
ホテル代節約の為朝食はナシとなっていた。朝から水上バスでサンマルコ広場を目指す。ため息橋を横目に広場を通過し、広場付近のBarで朝食。サンマルコ寺院へ行き、広場の300年という伝統あるカフェ「Caffe Florian」でまったり。その後再び水上バスで違う島のサンジョルジョマッジョーレ教会に行き、塔を上る。再び本島に戻り、アルセナーレ(造船所)を通過し、散策をしつつリアルト橋へ。ちょっとした買い物の後、ゴンドラに乗る。初老のゴンドラ乗りが案内してくれた。マルコ・ポーロの家や、カサノヴァの家の横を通る40分程度のツアー。

ゴンドラに乗った後、再び散歩兼買い物。時間も丁度良くなったのでサンマルコ広場付近で夕飯を食べたのだが、微妙だった。客が入っていて人気店のようだが、観光客向けの何とも言えない感じだった。夕食後、水上バスでホテルに戻り、次の日は朝も早いので終了。
by rucie4 | 2006-03-28 13:37 | 欧州旅行記
2月28日 晴れ
ホテルでの朝食。セルフサービスなので、朝から結構食べた。隣で一人旅の日本人青年が居て少々話す。そちらの旅も中々充実して面白そうだった。チェックアウト準備をする上で、本日の宿@ヴェネツィアが全く決まっていない事に気付き、検討していたら時間が少々かかってしまう。ウッフィツィ美術館を予約していたので、時間間際にチェックアウト。勿論荷物は預けたまま。

ウッフィツィ美術館は中々面白かった。多数の宗教画も面白かったし、メインであるボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」や「プリマヴェーラ」はそれなりだった。それよりも興味を引かれたのは古代ローマ皇帝の胸像群だった。ローマ人の物語で顔は見ているものの、現物(といっても所詮胸像だが)を見たのは初めてだったので。

美術館を後にして、次はドゥオモへ。「冷静と情熱のあいだ」でクライマックスの舞台として描かれているこのドゥオモは壮大だった。勿論クーポラにも上ったのだが、悲しかったのは、落書きが酷かった事。そして日本語、ハングルの落書きが特に目立っていた事…。落書きをする人間の思考が分からない。当たり前だが分かりたくも無い。

ドゥオモの後はメディチ家礼拝堂へ。これはこの旅一番とも言える程詐欺な内容で、余り語るべき中身は無かった。修復中だったからかもしれないが、もう二度と行くことは無い気がする。そして、礼拝堂を出て、昼食を取る事に。付近のBarに入ってピザを食す。美味。しかし悠長に味わっている暇も無く、20分後の列車(ユーロスター)に乗ってヴェネツィアに行こうという事に。

さくっとBarを後にし、急いでホテルに戻って預けていた荷物を受け取り、走ってチケット売り場へ。指定席券を無事購入し、ユーロスターに乗り込む。此処で焦っていた友人は預けていた私の「地球の歩き方」と時刻表をホテルに置いて来た事に気付く。其処にはお土産として買っていたポストカードも入っており、ちょっとショック。まぁ、忘れてしまったものは仕方が無い。

ヴェネツィア駅に着くとなんだか外が騒がしい。駅前では仮装集団が!なんと、カルネヴァーレ(謝肉祭・カーニヴァル)最終日だったのだ。賑やかな水の街を歩きつつ、宿探し。二件目の「SANTA CHIARA HOTEL」に決めるが、フロントの一人が感じ悪かった。ヴェネツィア散歩も兼ねて夕飯。その後もまた騒がしい街を散歩をしていると、ある出店でイタリア人のおっさんに歌を仕込まれる。スラングらしく、中国人の女?のゴンドラ乗りが船歌として歌っているとかなんとか…。が、意味は教えてくれなかった。おっさんと一緒に4人大声で歌わされて、おっさん大受け。知り合いの女の人も笑ってた。我々の推測だと、きっと酷い下ネタの歌なんだろう。

そんな散歩を経て、ホテルに戻り就寝。
by rucie4 | 2006-03-27 22:35 | 欧州旅行記
2月26日 雨のち晴れ
事件発生!25日に乗った夜行列車で朝方意識が戻ると、フィレンツェ付近の駅で止まっていた。同じ部屋(というかボックス)で寝ていた友人も目を覚ましたところ、突然「財布が無い」と。寝惚けて落としたかと席の周辺を見回すと私の席の下に何故か落ちていた。不審ながらも中身をチェックするとやはり現金が空っぽ。。。見事にすられていた。

少々、状況を詳しく書く。夜行列車に乗り込んだ我々4人だったが、夜行といえどしっかりとしたベッドのある車輌ではなく、6人ボックスで3人が足を伸ばして横になれる程度のモノだった。其処を私ともう一人で三人分の席を占領し横になって寝ることに。これにより二人ずつ分かれて乗る事となった。良くない事に、隣の部屋は既に先客が居たので、少し離れてもいた。深夜0時頃、車掌がチケットの見回りに来て、それ以降も私は警戒しつつウトウトしていた。というのも、ボックスは区切られてはいるものの、ガラスで廊下と仕切られており中は丸見えで、人がよく通っていたからだった。しかしながら、眠気に負けたのか、気付いたら先述の有様。気を引き締めなおさせられたのであった。

無事ではないが、ボローニャに着き、少し待った後にフィレンツェ行きの列車に乗り込む。こちらは無事にフィレンツェへ着き、宿探し。目を付けていた一軒目の宿「Hotel Lombardi」に行くと一発OK。即宿が決まる。早速荷物を預かってもらい、本日の目的地ピサへ。

フィレンツェS.M.N駅より列車でピサ駅着。駅からはバスで斜塔等がある場所へ行く。納骨堂や洗礼堂を見た後、カフェで小休止し、斜塔へ上る時間を待つ。斜塔へ上った後、昼食を取ろうと駅方面へ向かい歩き始めたと思いきや、地図の方向を見誤っており痛恨の迷子。一旦斜塔付近まで戻り歩き直し、三時頃昼食。ピサ駅付近では、パレードなどがあり、お祭りをやっていた。フィレンツェへ戻るべく列車に乗ると、混んでいたので相席に。周辺に阿呆っぽいアメリカ人女子高生?集団が居て携帯電話で親に莫迦話をしていた。あの世代は何処の国も同じようなものか。

ホテルに戻り、夕飯お奨めの店を聞き、向かう。「Pepo」。小さいながらも洒落た店内で、料理はとても美味。かなり満喫した。ホテルへ戻り、就寝。

2月27日 曇りのち雨
朝ホテルにて朝食。セルフサービスなので、朝から結構食べた惹かれた。本日はシエナ観光なので、フィレンツェS.M.N駅よりシエナを目指す。シエナ駅からはバスで市街へ。「世界で一番美しい広場」と誰が言ったのかは知らないが、そう言われているカンポ広場へ。扇形が印象的な、確かに綺麗な広場だった。そして現在市庁舎であるプッブリコ宮殿の鐘楼に上り、シエナを一望。その後ドゥオモに行く。横縞が凄い印象的で、何故かオリエンタルな空気を感じた。昼食を取り、カンポ広場のカフェでまったり。そして散策した後、バスでシエナ駅へ戻ってフィレンツェへ。

駅前のスーパーで買い物をした後、高台にあるミケランジェロ広場を目指す。広場から見たフィレンツェの夜景はとても綺麗だった。その後バスでホテル付近に戻り、夕飯は再び「Pepo」。ワインやデザートも頼み充実。そしてホテルへ戻り終。
by rucie4 | 2006-03-26 21:25 | 欧州旅行記
2月25日 晴れ時々雨
落ち着いて朝食。どうやら青の洞窟とは縁が無かったようだ。至極残念。しかしながら、晴天。
まずはチェックアウトして荷物を置かせておいて貰って、まずはチェアリフトでカプリ島を見渡せる絶景ポイントへ。澄んだ空と本当に青い海に包まれていた。自然の残されている部分はジュラシックパークを彷彿とさせ、鴎の大群を上から眺める事など滅多に出来ないだろう。チェアリフトを降り、そのままカプリ地区を散歩。ホテルの人に教わったハイキングコースを行っている予定だったがどうやら外れていた模様。要は半分迷子。

此処で久々のハプニング。半分迷子になりつつ、賑わっている街方面へ戻ろうと思い狭い路地裏を歩いていると、前方から何と大学の知り合いが。世界は狭い。少々喋った後別れ、散歩再開。

昼食時間帯に入った為、何処かに入ろうとしていると、突然の雨。雨宿りも兼ねて、適当な店に入る。まぁまぁ美味。食後、ホテルに戻って荷物を取り、カプリ港からナポリ港を目指す。港に着いて、ナポリ駅までが地味に遠いのでどうにかして交通機関を利用しようと探していると、どうやら路面電車が走っている模様。何処から乗ればいいのか適当に探し当て、並んでいると其処には日本人二人組が。確認の為聞いてみると、やはり合っているらしい。で、路面電車がきたので乗ってみる。が、料金の払い方が分からない。恐らくどこかでチケットを購入し、電車内でバリデートしなければいけない模様(他の客がバリデートしていた)。しかし我々はチケットなど持っておらず、どうしようかと話している内にナポリ駅着。落ち着いて、さり気無く何事も無かったように降りたのだった(すいませんでした)。そして降りたナポリ駅は実は私鉄で、目的地の国鉄ナポリ駅は微妙に離れていたので歩く事に。

駅に着いたら荷物を預け、夕飯を食べる。「Da Michele」。訪れてみると、丁度路面電車に乗る時に遭遇した日本人二人組が出てくるところだった。旅行者の行く所など決まっているようだ。店自体はとても安くて美味なピッツァを提供してくれる。すぐ満員になってしまったし、持ち帰りの客の耐えない店だった。

食後、深夜出発の夜行列車でボローニャを目指し、そこから少し戻る形でフィレンツェを目指す。
by rucie4 | 2006-03-26 01:30 | 欧州旅行記
2月23日 曇りのち雨
長い23日も終盤。そしてカプリ島に着いた我々。なのに何故ポンペイ・ソレント篇かというと、カプリ島観光は二日後だったからだ。それはさておき、ホテルのある場所へ行く為に、港からバスでアナカプリ地区へ向かう。とりあえず終点で降りてみるも、ホテルの場所はさっぱり。要は迷子。その要因として大きいのは、カプリ島のバス停がなんとただの棒。其処にはバス停の名前すら何も無いのだ。暫く歩き回った後、広場に出て生活用品店のおばさんに聞いてみた所、どうやらホテルかなり離れているらしい。ちょっと待ってろといいつつ、おばさんはホテルに電話をしてなんと迎えを呼んでくれたのだ。全員感動。

暫く待っていると迎えが到着。おばさんは封筒の様な物(恐らくチップ)をホテルの運転手に渡してくれた。なんていい人だ、と皆感動。
ホテル「Bussola di Hermes」に着いてみるとかなり良い部屋で、値段の誤認があったものの別に問題は起きず。

夕飯はホテルの人に聞いてみた近くにあるお勧めの店に行ってみる。「Barbarossa」という厳つい名前だ。此処の店長のおじさんが本当に面白い。典型的なイタリア人ぽく女好き?で、私達の後から来た恐らく旅行者の若い女性達に首っ丈だった。注文やらモノを運ぶ時に「行ってくるぜ!」とかイチイチ言ってきたり、「俺の妻はフリーだから、どうだ?」とか。ちなみに奥さんも紹介してくれたというか、普通に一緒に働いていた。夫のジョークを笑って流していた良い奥さんだった。味のほうも美味。中々に愉しい夕食だった。

これで長い移動日の終了。

2月24日 曇りのち雨
まったりと朝食。青の洞窟が見られる事を期待するも、無理との事。
カプリ観光をしてもよかったのだが、曇っていたので明日晴れることや青の洞窟解禁を願い今日は船でポンペイ・ソレント観光へ。
まずはバスでカプリ港に行き、船でソレント港へ。港から駅までの行き方を訪ねつつ、徒歩で駅へ向かう。そして列車に揺られつつポンペイへ。

昼になり、お腹も空いていたのでポンペイ遺跡真ん前のバールで食事。片言?の日本語を話す愛嬌の良いおじさんがやっていて、美味しいパンを食べる事が出来た。そしてポンペイ遺跡へ。感動。古代の街がそのまま其処には在った。紀元間もない時代に埋没した人々の生活がそのまま感じられた。広い街、全ての時が止まっている中を、現代人が闊歩している光景はとても不思議であった。

遺跡を歩き回った後、再びソレント経由でカプリへ帰るべく帰途に着いた。喉が渇いたので昼食を食べたバールで、絞りたてのフローズンオレンジジュースを買い、列車へ。

ソレントへ着き、時間が少々あるので散歩。落ち着いた海沿いの田舎町といった空気。イタリアの街は何処も全く違う姿を見せていた。ぶらぶらしていると、船の時間が近付いてきたので港に戻り、船でカプリ島へ。一旦ホテルへ帰って一休みした後、本日も夕飯は「Barbarossa」で。

残念ながら雨が降っていたので、夜景を見る事は諦め、ホテルへ戻り就寝。
by rucie4 | 2006-03-25 12:27 | 欧州旅行記
2月23日 曇りのち雨
テルミニ駅で軽い朝食を買って(Mr.Paninoというチェーンかと思いきや、テルミニしかない。微妙。)、ナポリ行き列車で食べる。初の長距離列車移動ながらもスムーズに行く。

ナポリに着いてみると、やはりローマとは全く違う感じ。んでもって、汚い。道にゴミが散らばっていて、埃っぽい。まずはまとまった昼食を取ろうと、目星を付けていたピッツァ屋を目指す。ローマ式に信号を余裕で無視していたら、奇異の目で見られる。どうやら此処では守るべきもののようだ。そして、重い荷物を持ちながらひたすらナポリの街を歩くのだが、此処はイタリアか?という感じのスラムに近い空気。で、たまに道路沸きにイキナリ立派な教会が現れるものだから、そのギャップがまた面白い。何処と無く危険な空気プンプンの街だが特に問題もなくピッツァ屋へ。しかし地元の人気店だけあって外にも凄まじい行列。仕方なく諦めて、近くのもう一個そこそこ混んでいるが目星の付けていた店「Sorbillo」へ入る。美味。やはり本場のピッツァは違う。おまけに安い。

次は、ナポリから船でカプリ島を目指す為に、港へそのまま徒歩移動。さすがに港に近づくとスラムっぽい部分は抜け出し、港町らしい空気が漂い始める。港ではチケットの買い方から船まで良く分からなかった時に、小さい子に絡まれ(色々と余計なお世話で教えてくる)チップを渡す羽目になりつつも、無事乗船。カプリ島へと船移動。

本来は後日改めてナポリを訪れ観光する予定だったが、余りのスラムっぷりにお腹一杯となった我々は、ナポリ観光を削ることとする。これで多少は時間に余裕が生まれるので。よって再びナポリを訪れるのは列車移動時のみだった。
by rucie4 | 2006-03-24 19:27 | 欧州旅行記
2月20日 曇り
成田11:00発、チューリッヒ空港経由のスイス航空便にてイタリアはローマ、フィウミチーノ空港へと旅立つ。この空港の通称が何故レオナルドダヴィンチ空港なのかは知らない。
スイス航空はサービスも良く、異様に食べ物や飲み物を薦めてきて腹一杯。久々の長時間フライトで疲れつつも、遅れる事無く現地時間18:40着。入国手続きが一瞬な所から、情熱の国イタリアは怠惰の国でもあるような予感がプンプン。

フィウミチーノ空港からローマ中心地であるテルミニ駅までレオナルドエクスプレスに乗る。此処で友人の一人のみチケットが違うという外れクジ(後日にも外れクジを引くがそれはまた後述)。窓口で人を通して買ったにも関わらず、詐欺なのか素でミスなのか分からない。車掌が見回りに来なかったので問題も起きず、到着。

-テルミニ駅前で「イタリアは、信号を守らないのが普通のようだ。」という認識をする。

予約していたホテルは「Hotel Robbinson」。テルミニ駅から徒歩三分でアクセス完璧で、フロントは英語が通じて丁寧な対応。かなり良い。
部屋に荷物を置いて少々休憩後、フロントで夕飯のリコメンドを聞いたら、近くにある「Trattoria Pizzeria Severo 2000」という店が良いというので行ってみる。店は地元の団体客で賑わっていて、狭い店内ながらも、初めてのイタリア食事作法に戸惑いつつも、なんとか食事を済ます。味付けは最初濃いと感じたが、実に美味だった。

食後、散歩がてらコロッセオ方面へ。ライトアップされたこの旅行初めての遺跡に出会い、感動。そこから地下鉄を使ってテルミニまで戻り、ホテルへ。そして、初日は終了。

ローマ篇、続き
by rucie4 | 2006-03-22 22:34 | 欧州旅行記
東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
リリー・フランキー / 扶桑社
ISBN : 4594049664
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いやはや、欧州に旅立つ前にちらっと読み始めていたけれども、オーストラリアから帰ってきてやっと読了…。

あの下ネタマシーンのリリーさんが書いた切ない、誰にでも身近な内容で、読み易い。
多分三十代や四十路辺りの男(リリーさん世代)が読むとボロ泣きするのではないかなぁ?

私も、結構泣くかと思った。何にせよ、癌は痛々しい。10年前に似たような経験をしていたが、こうまでも似たような光景が展開されるのかと。痛み、苦しみがあっても其処に延命の可能性はないなら、治療とは無意味なものなのではないだろうか。緩和ケアこそ、奨励されるべきなのかは分からないが、人間、命とは難しいものだ。と、医療倫理の話は面倒なので此処まで。


以前から想っていた事と全く同じことが本文内にあったので、記しておく。

どれだけ親孝行をしてあげたとしても、いずれ、きっと後悔するでしょう。あぁ、あれも、これも、してあげればよかったと。
by rucie4 | 2006-03-22 16:42 |